お盆だからというわけではないけれど、ちょっと湿っぽい(かもしれない)ことを書きます。

 お母さんに抱っこされた、おんぶされたという記憶が今でも残っているという人は一体どれくらいいるのだろう。
 私にはない。 いや、昔のアルバムを見た時の記憶では、近所のお姉さんがにっこり笑ってまだ赤ちゃんの私を抱き上げていたり、祖父に抱っこされていたり、そういった写真が何枚かはあった。 もしかしたら母の腕の中の写真もあったのかもしれない。 でも実感というものが全くない。

 理由あって、2才かそこらの頃から祖母に育てられた。 正確には祖父と祖母の家だけど、もの心がついたころには広い家で祖母と私と二人で過ごすことがほとんどになっていた。
ここら辺の事いきさつは、何というか一族の名誉に関わることなので伏せておいた方がいい気がする。
 祖母は厳格で、寂しい人だった。 体も丈夫ではなかったので、抱っこはおろか、膝の上で遊んだ記憶すらない。 妹たちとも離れていたのでじゃれあったこともない。 おかげで私は早い時期から、快適な自分の部屋と、無敵の想像力を手に入れた。
 母はというと、毎日顔は合わせるけど、とても遠い人だった。

 祖母の家の向かいに、小さな旅館があった。 当時40~50代の姉妹が切り盛りしていた。 二人とも独身で、しかしお姉さんの方は私よりずいぶん年上の息子さんがいたから、今で言うシングルマザーだったのかどうなのか、そもそも二人は実の姉妹なのか義理の仲なのかすらはっきりしない。 とにかく私はお姉さんの方を「向かいのおばちゃん」、妹さんの方を「向かいのTちゃん」と呼んで懐いていた。
 おばちゃんはハイカラな人で、いつもきちんとした装いで、温かいココアにバターを落としたのや、手作りのプリンや、これまた当時世に出回り始めたばかりのグラタンを旅館の厨房のオーブンでこんがり焼いたのをオヤツに出してくれたりした。

 でも主に私を赤ちゃんの頃から抱っこやおんぶしてくれたり、乳母車で散歩したり、幼稚園の送り迎えをしたりというのは「Tちゃん」だった。 後から聞いた話なんで、はっきりとした記憶はないし、Tちゃんが私を抱っこしている写真も残ってない。
 これもかなり大人になってから聞いたことだけど、私の世話をしてくれるTちゃんに、祖母は幾らかの謝礼を渡していたという。 金銭感覚の豪快だった祖母のことなので、もしかしたらびっくりするくらいの高額の謝礼だったのかもしれない。 謝礼が先か、お世話が先か…。
いずれにしても、こんなふうなご近所の関係が普通にあった時代だった。

 あれから何十年も経って、祖母の家もないし、実家周りの様子も昔の面影はない。 旅館の姉妹が存命なのかそうでないのかもわざわざ調べない限り分からない。 ただ、「すごく年老いたTちゃんがエビみたいに曲がった腰で、お年寄り用の小さな乳母車をついて歩いていたらしい…」 という話を何年か前に聞いた。

 何十年も経った。

 私は親離れできないまま大人になり、めちゃくちゃになり、やけくそになり、さんざん周りに迷惑をかけ、二人になり、独りになって、また家族を作った。 あんなに遠かった母との距離はずいぶん縮まった。
 人間とは贅沢なもので、家族がいても、友だちがいても、仲間に恵まれていても、何となく寂しさを感じることがある。 無条件に甘えたくなることがある。
 
  「エビみたいに曲がったTちゃんの小さな背中」は、昔はきっと大きくてしゃんとしていた。 そこにおぶさっている小さい頃の私を想像してみた。 懐かしいとか会いたいとかいう感情ではない。 実際に見かけたら、声をかけられるかどうかも自信がない。

 ただ、私はそこで眠っていたんだなと思うと、いい気持で思考が停止した。