【14:00】
「15時開演にします。」
電話の向こうの恭子と、舞台袖の役者・スタッフとに、私は同時に告げた。

あと30分がんばってみてダメなら、肩が治ろうが治るまいが、その時点で正樹を連れて帰るように念を押した。
それから30分で正樹を舞台に上げる。  正樹なら例え片腕が動かなくても、立派に「アラシ」を演じきるという確信はあった。  そして共演者もスタッフも、どんな状態で正樹が帰ってきても対応できる…いや、しなければならない。  そのための準備に30分。  これが限度だった。

「アナウンスを入れますか?」 とゆうほが言った。
「いや、 私が出る。」  私はマイクを握って客席に出た。 そして観客の前で土下座した。
役者のケガで開演が遅れていること。  開演を15時ににさせて頂くこと。  帰る方にはチケット代をお返しすること。 もし待って頂ける方が一人でもいたら、その方のために精一杯の舞台を上演することを約束した。

情けないことに涙がこぼれた。

「15時開演」 の言葉に会場がざわめいて、私は身を固くした。  しかし次の瞬間、客席から「がんばれ!」という声が聞こえて、そして拍手が起こった。
決して賞賛の拍手じゃなく、情けない私の姿への同情だったのかもしれない。  私はもう一度、深々と額を床に付けた。


それからの1時間、全員がそれぞれに出来る限りのことをやった。
正樹の肩が入って帰ってきたとしても、本来の動きはできない。  必要最小限のセリフの変更。  一番冷静な若(ツナミ役)が覚えなおしを引き受けた。
立ち位置の変更、それに伴う照明、音響きっかけの調整。  翔子と麻衣が、泣きやまない子どもたちを元気づけ、次第に子どもたちも落ち着きを取り戻した。  舞台監督不在の舞台裏はグッピーさんがチェックをした。
開演前にちょっと差し入れを持ってきただけのはずだった人たちも、スタッフに混じって各階を走り回り、後から来るお客さんに説明と謝罪をしてくれた。

この日のために、灼熱の、そして極寒の稽古場で長い期間練習してきた。 嫌なことも辛い出来事も、全員で乗り越えてきた。 『 何としてでも幕を上げる。』  誰もがその瞬間に向かって奔走していた。


【14:30】
今すぐ正樹を連れて帰るよう、恭子に電話した。 正樹はどうしても肩を治して舞台に立ちたいと訴えているらしい。 私は正樹と直に話した。
「すぐに帰って来い! あとのカバーは何とでもなる。 3時に幕を開けれんかったら私はお客さんの前で切腹せないかんのじゃ!」(←武士か!…でもけっこう本気)

正樹は治療を諦めて帰ると約束した。

スタッフが、お茶と差し入れのお菓子を客席に配りに行く。

感受性の強いゆめが、泣き出過ぎて過呼吸を起こす。 他の子役たちは、ゆめを落ち着かせ、いざとなったら自分たちでセリフのフォローをしようと立ち上がった。
「仲間」と「団結」という意味を、子役たちの姿に学んだ。


【14:45】
正樹、恭子、りんが帰って来る。 接骨医と麻酔医も一緒だった。

「私が帰ってきたけん、もう大丈夫!」 舞台監督の笑顔に一同安心する。 実は恭子がいっぱいいっぱいである事は分かっていた。


【14:50】
青白い正樹の顔に舞台化粧を施す。  ドーランを塗ったばかりの正樹の頬を涙が伝った。
りんがガムテープ(笑)でテーピングをする。
医師たちは楽屋で待機。  舞台と同時進行で治療にあたることになった。

 
【14:55】
本ベル~開演アナウンス。教育長による挨拶。
夕方からの職務のため帰ったはずの教育長さんは、実は1階で待ってくれていた。
「皆さん、待っていて下さって本当にありがとうございます。」 観客に向けた教育長さんの言葉が聞こえた。

有り難いことに、帰ったお客さんは殆どいなかった。


【14:53】
私、翔子、真帆が舞台に板付く。3人のダンスでプロローグが始まる。

緞帳が上がる寸前、私たちは無言で拳を揚げ、そっと合わせた。


【15:00】
未来演劇Kプロジェクト10周年記念公演「セカンド ~高ラカニ、軍艦島ノ鐘ヲ鳴ラセ~」 開演。


●公演レポ・嵐の千秋楽③に続く→